最高裁判所第一小法廷 昭和44年(あ)2759号 判決 1971年4月22日
主文
原判決および第一審判決を破棄する。
本件を釧路地方裁判所に差し戻す。
理由
検察官の上告趣意について。
原判決の維持する第一審判決は、被告人に対する本件公訴事実中一部については有罪の言渡をしたのであるが、その余の部分、すなわち、「被告人は、その所有する動力漁船第一一ゆき丸(総トン数6.91トン)に船長兼漁撈長として乗り組んでいたものであるところ、伊賀野善一ほか二名と共謀のうえ、北海道知事の許可を受けないで、昭和四二年一〇月六日午後五時頃から同月九日夕刻までの間、国後島ハッチャウス鼻西沖合約2.5海里付近(三海里以内)の海域(以下、本件操業海域という。)において、同船により流し網約五〇反を使用してさけを採捕し、もつて小型さけ・ます流し網漁業を営んだ(以下、本件所為という。)」との事実については、理由中において、証拠によりこれ認めることができるけれども、罪とならない、しかし、この事実は、有罪と認めた事実と一罪をなすものとして起訴されたものであるから、主文において特に無罪の言渡をしない旨判示した。
そして、原判決は、(一)漁業法六六条一項、一三八条六号の場所的適用範囲は、一般的にわが国民の漁業の操業が可能な海域と考えるべきであるが、外国の領海はかかる海域に属さない。(二)漁業法六六条一項、一三八条六号に規定されている無許可漁業禁止の場所的適用範囲は、都道府県知事の許可による禁止の解除が可能な場所的範囲と一致して考えられるべきであり、外国の領海は、当該外国との間の特別の取決め等があれば別であるが、これがない以上、許可による禁止の解除が可能な海面ではないから、これには右無許可漁業の禁止は及ばない。(三)外国の領海においては、わが国は漁業法一三四条等に基づく漁業取締りの実力を行使することができないものであり、このことも、以上のような解釈の一つの根拠となる。(四)漁業法は、いわゆる行政法規であり、明文の規定がなく、またはその目的ないし性格上明確にその趣旨が推認できない以上、その場所的適用範囲は、外国の領海に及ばない。(五)ところで、国後島およびその領海は、領土的な帰属はともかくとして、現在ソヴイエト社会主義共和国連邦が属地的に統治し、わが国の統治権を行使しえない点で外国およびその領海と同一視することができ、それゆえ、以上に述べた理由によつて、同島沖三海里以内の海面は、外国の領海と同様に、漁業法六六条一項、一三八条六号による規制の対象とされていない場所と見るべきであるから、本件所為は罪とならない旨判示し、同様な理由により被告人の本件所為は罪とならないとした第一審判決を維持し、検察官の控訴を棄却したものであつて、所論引用の札幌高等裁判所昭和四三年(う)第一一四号同年一二月一九日言渡の判決(高等裁判所刑事判例集二一巻五号六五四頁)と相反する判断をしたものであることは、所論のとおりである。
思うに、漁業法六六条は、もともと同法六五条一項に基づいて都道府県知事が定める規則等の規制に委ねられている漁業のうち一定のものに関する規定であつて、北海道地先海面における漁業法六六条一項の規定の適用範囲は、同法六五条一項および水産資源保護法四条一項の規定に基づいて制定された北海道海面漁業調整規則(以下、規則という。)の適用範囲と関連して考えるべきものであり、結局、北海道地先海面に関しては、漁業法六六条一項の規定は、本来、北海道地先海面であつて、漁業法およびこれに基づく規則の目的である漁業秩序の確立のための漁業取締りその他漁業調整を必要とし、かつ、主務大臣または北海道知事が漁業取締りを行なうことが可能である範囲における漁業、すなわち、以上の範囲の、わが国領海における漁業および公海における日本国民の漁業に適用があるものと解せられる(規則前文、一条、漁業法八四条一項、昭和二五年農林省告示一二九号「漁業法による海区指定」参照)。そして、わが国の漁船がわが国領海および公海以外の外国の領海において漁業を営んだ場合、特別の取決めのないかぎり、原則として、わが国は、その海面自体においてはその漁船に対する臨場検査等の取締り(漁業法一三四条参照)の権限を行使しえないものである。しかし、漁業法および規則の目的とするところを十分に達成するためには、何らの境界もない広大な海洋における水産動植物を対象として行なわれる漁業の性質にかんがみれば、日本国民が前記範囲のわが国領海と連接して一体をなす外国の領海においてした漁業法六六条一項に違反する行為をも処罰する必要のあることは、いうをまたないところであり、それゆえ、漁業法六六条一項の漁業禁止の規定およびその罰則である同法一三八条六号は、当然日本国民がかかる外国の領海において営む漁業にも適用される趣旨のものと解するのが相当である。すなわち、漁業法一三八条六号は、前記目的をもつ漁業法および規則の性質上、わが国領海内における同法六六条一項の行為のほか、前記範囲の公海およびこれらと連接して一体をなす外国の領海において日本国民がした同法六六条一項違反の行為(国外犯)をも処罰する趣旨を定めたものと解すべきである。
ところで、国後島に対しては、現在事実上わが国の統治権が及んでいない状況にあるため、同島の沿岸線から三海里以内の海面については、北海道知事が日本国民に対し漁業の免許もしくは許可を与え、または臨時場検査を行なうことができないものであるとしても、本件操業海域は、前記範囲のわが国領海および公海と連接して一体をなす海面に属するものであるから、以上に述べたとおり、漁業法六六条一項によつて日本国民が本件操業海域において同項に掲げる漁業を営むことは禁止されこれに違反した者は同法一三八条六号による処罰を免れないものと解すべきである。
しからば、被告人の本件所為に対し罪責を問いえないとした原判決および同旨の第一審判決は、いずれも法令の解釈適用を誤つた違法があるものである。そして、原判決が所論引用の札幌高等裁判所判決と相反する判断をしたものであることは、前示のとおりである。
よつて、刑訴法四〇五条三号、四一〇条本文、四一三条本文により、原判決および第一審判決を破棄し、さらに審判させるため、本件を釧路地方裁判所に差し戻すことにして、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。(岩田誠 大隅健一郎 藤林益三 長部謹吾は退官につき署名押印することができない)
検察官の上告趣意
第一 序説<省略>
第二 二審判決に至るまでの経緯<省略>
第三 上告の趣意
以上述べた原判決およびその支持する本件一審判決の判断は、高等裁判所の判例に反するものであり、かつ原判決には判決に影響を及ぼすべき重大な法令の違反があつて、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められるから、到底破棄を免れないものと思料する。よつて以下にその理由を述べる。
第一点 判例違反
札幌高等裁判所昭和四三年(う)第一一四号同四三年一二月一九日第三部判決(高裁判例集二一巻五号六五四頁)は、本件と同種事実関係の事案につき、漁業法六六条一項、一三八条六号違反の罪の成立を認めており、本件一、二審判決が、右判例と相反する判断をなしたことは明白である。
すなわち、右札幌高等裁判所判決は、クナシリ島沿岸線より約2.5海里の海域で、ほたて貝を採捕した事案につき、右海域は外国領海と同視すべき地域であり、同地域には漁業法の適用はないとして、本件一、二審判決とほぼ同旨の理由により、漁業法六六条一項、一三八条六号違反の成立を否定した原判決を破棄して、同海域における無許可操業の事実に対しても、漁業法六六条一項、同一三八条六号の適用があると判示しているのであるが、その理由として説示するところを要約すると、
1 漁業法は、その三、四条の規定する公共用水面またはこれと連接一体をなす非公共用水面について適用されるが、その意義は明確でないから、法の目的趣旨を勘案して決すべきである。
2 同法六六条一項は、所定の漁業を一般的に禁止する趣旨であつて、本来属人的にも効力をもたせうる国家作用であるが、国がある行政目的のため、自国民に対し特定の行為を一般的に法律で禁止する場合、その場所的範囲を含む禁止の規模は、憲法の枠内で合目的的に決定しうるのであつて、必要があれば自国民の他国における一定行為を禁ずることも不可能ではなく、そのこと自体は他国の主権を侵すものではない。特定漁業をどの範囲の海域について禁止するかは、わが国の漁業政策上の問題であり、国際法上当然に制約を受けるものではなく、国外にある国民に対し如何なる権力作用を及ぼし得るかは、特定行為の禁止とか実力による取締権の行使という当該権力作用の性質によつて異なることであつて、ひとしく行政作用に属するとの理由で、一律共通であるべきものではない。
3 漁業法六六条一項の目的は、限られた資源と漁場のもとで、乱獲を抑えて水産資源の適正利用を図るとともに、自由競争を制限して、沿岸漁業に頼らざるを得ない多くの漁民を保護することにある。それには事実上操業可能な全海域を規制の範囲に含ませることが、最も右の目的にかなうことになるが、少なくとも当該海域での操業が、わが国の水産資源の適正利用と漁民保護とに相当の影響を有する場合には、これを同法六六条一項の適用範囲に含めるべき積極的な必要性が認められる。そして本件操業海域は、わが国漁民が沿岸漁業をすることがかなり容易なところであり、現にその操業も少なくないのであるから、北海道の沿岸漁業の調整上、同海域での操業は、到底無視できない大きな影響を持つているので、当然右適用範囲に含まれる。
4 特定漁業の禁止およびその解除の範囲を決定するものは政策であり、禁止の範囲と許可可能な範囲は常に一致しなければならぬものではない。都道府県知事が外国領海について漁業法六六条一項の漁業を許可する権限をもたないからといつて、漁業調整上の一般的禁止の効力が属地的統治の及ぶ範囲内に当然限られると見る必要はない。
5 以上を総合すれば、漁業法六六条一項の漁業に関する一般的禁止の効力の及ぶ範囲は、わが国の現実に属地的統治を及ぼしうる水面に限られず、それと関りなしに、本件操業海域も含むとするのがもつとも合理的である。としているのである。
すなわち、同判決の要点は、漁業法六六条一項は所定の漁業を一般的に禁止する趣旨を含むものであるが、同条の立法目的および漁業法の性格を考慮すれば、右一般的禁止の効力は、わが国民が事実上操業可能な全海域について、少なくとも、事実上当該海域での操業がわが国の水産資源の適正利用と漁民保護に相当な影響を及ぼす海域について、属人的に及ぶものと解するべきであつて、その効力の及ぶ海域が外国領海であつても、右のように解することが決して当該外国の主権を侵すことにはならず、わが国にその海域における禁止を解除(漁業許可)する権限がなく、その海域における違法行為(無許可の操業)を現実に取締まる権限がないことも、右解釈を左右する理由とはならないという点にあるというべきである。
ところで、本件第一審判決および原判決の要旨は前記の通りであつて、その要点は、本件操業海域は外国の領海と同視すべき場所であるが、外国領海は当該外国が排他的に権限を行使しうるのであつて、漁業法が行政法規である以上、わが国が行政権限を行使しえない外国領海に漁業法上の規制を及ぼすことはできないというにあると解せられるから、これら判決が右札幌高等裁判所判決と相反する判断をしたものであることは明らかである。
なお、原判決は、「水産資源の適正利用の見地からは、沿岸漁業の事実上可能なおよそ全海域を規制範囲とし、また漁民保護の立場からも、同様におよそ事実上操業可能な全海域を規制の範囲に含めるというのが最も目的に適うこととなる。したがつて、この行政目的を強調し、漁業法一三八条六号、六六条一項の一般的禁止の場所的適用範囲を沿岸操業の事実上可能なおよそ全海域とし、少なくとも右の海域中、そこでの操業がわが国における水産資源の適正利用ないし保護培養と漁民保護とに相当な影響を有する場合をこれに含ませるとすることにも、一応の理由があるといわなければならない」としながら、沿岸操業が事実上可能な全海域に漁業法六六条一項の規制が及ぶとの解釈は、結局一切の水域を規制対象とすることと同一であつて、右判決自体が漁業法の適用範囲は同法三条、四条の規定する公共水面もしくはこれと連接一体をなす非公共用水面に限られるとしていることと矛盾するので、これを統一的に解決するためには、右規制の範囲は沿岸操業の事実上可能な地域ではなく、一般的に操業可能な海域と解すべきであると説示しているのである。
したがつて、結局、原判決は、右の「一般的に操業可能な海域」かどうかを判定すべき基準として、当該海域が外国の領海である場合は、当該外国が排他的権利を有するので、一般的に操業可能な海域とはいえないとするのであるから、その趣旨は外国領海であるから漁業法の規制が及ばないということに帰し、いまだこの点について言及した最高裁判所の判例は存しない現在、原判決は、刑訴法四〇五条三号にいう高等裁判所の判決と相反する判断を示したものに他ならない。
第二点 法令違反
本件第一審判決および原判決の要旨は前記のとおりであつて、これを要するに、本件操業海域は、外国領海もしくは外国領海と同視すべき場所であるとしたうえ、漁業法六六条一項の一般的禁止の効力は、外国領海には及ばないとの判断を示し、よつて、本件操業海域において同条の許可を受けないで漁業を行なつた行為は、同法一三八条六号違反を構成しないとしているものである。
しかしながら本件操業海域は、わが国固有の領土であるクナシリ島の基線から三海里以内の地点であつて、わが国の領海というべきであるから、これを外国領海ないしこれと同視すべき場所であるとした点に、根本的な誤りがあるが(後述六参照)、それはそれとして、そもそも漁業法はその目的性格に照らしてわが国の領海において行なわれる漁業の規制のみを対象とするものではなく、わが国民がその他の全海域において漁業に従事する場合には、属人的にこれを規制するものと解すべきであつて、その規制の内容が他国の主権を侵すため、国際法上他国の領海において行使しえないものでないかぎり、わが国民が他国の領海において行なう漁業にも当然適用されると解せられる。これを同法六六条一項について考えてみると、その一般的禁止の効力が、わが国民が他国の領海において漁業を営もうとする場合に適用があるとすることは、なんら他国の主権を侵すものではなく、他国の領海において右一般的禁止に反して無許可で操業したわが国民を処罰することは、国際上適法になしうることであつて、その国の主権を侵害することにはならないばかりでなく、むしろ国際法上その外国の主権を尊重する所以であり、これらを消極に解した原判決は、漁業法六六条一項、一三八条六号の解釈適用を誤つた違法があり、その結果明らかに犯罪を構成する被告人の行為を犯罪にならないとしたものであるから、右誤りが判決に影響を及ぼす重大なものであることは明らかであり、かつ、著しく正義に反するものと思料する。これを詳述すると次のとおりである。
一 漁業法の目的とその適用範囲
漁業法は、その目的性格に照らして、わが国の領海において行なわれる漁業に適用されるのみではなく、わが国民がその他の全海域において漁業に従事する場合においては属人的に適用することを予定しているものと解せられる。
すなわち漁業法は、漁業に関する行政法規であるが、およそ行政法規は、その行政目的を達成する手段としての法規であり、したがつてこれを構成する各法条も、当然右の目的を反映しているものと解すべきである。されば、その場所的適用範囲についても当該法規の趣旨目的およびその反映としての各法条の性格を、仔細に検討することによつて決定せねばならない。
ところで、漁業は、いわば国境のない海洋において、移動し繁殖する魚類の採捕等を目的とする事業であるから、必然的に一国の領海をこえて、公海、場合によつては他国の領海にまでその活動の場を求めるのはその性質上当然であつて、漁船の動力化・大型化による漁撈活動の近代化は、右の傾向に一層の拍車をかけるに至つていることは、公知のことである。
されば、自国の漁業秩序を維持して、国際的に水産資源の保護をはかり、漁業の発展を期するためには、自国の領海外における漁業活動に対しても当然これを規制せざるをえず、さらには国際間の協力による規制すら必要とされるのである。そのためにこそ、単に国際的な入会権があるにすぎず、わが国の統治権の及ばない公海についても、漁業法により各種の規制が行なわれているのであつて、公海におけるわが国民の漁業に対し漁業法の適用があることについては学説・判例上争いがないところである。また、わが国民が外国領海において漁業を行なう場合については、それが当該国との条約に基づいて漁業を行なう場合であると、当該国の黙認により事実上漁業を行なう場合であるとを問わず、同様の見地からこれを規制せざるをえないことは洵に明らかである。殊に本件操業海域のごときにおいては規制の必要であること言を俟たない。
漁業法はその第一条において規定しているように、「漁業生産に関する基本的制度を定め、漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用によつて、水面を総合的に利用し、もつて漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とする」ものであつて、いわゆる遠洋漁業を含む各種漁業の調整が、その重要な部分を占めていることはいうまでもない。ところで右の漁業調整とは、同法六五条一項において例示しているとおり、「水産動植物の採捕又は処理に関する制限又は禁止、水産動植物若しくはその製品の販売又は所持に関する制限又は禁止、漁具又は漁船に関する制限又は禁止、漁業者の数又は資格に関する制限」に関する規制の総称であつて、その対象は、はなはだ広範囲にわたつている。
漁業それ自体、前述したとおり、極めて広域に及ぶ特質を有しているうえ、調整の対象においてかように広範囲にわたるものである以上、これらの調整を適正に行ない漁業法制定の目的を達するためには、単にわが国領海における操業のみならず、わが国民が事実上漁業の操業を行なつている公海および他国の領海における操業をも含めて、広く漁業調整上の規制を実施しない限り、到底その実効を期し難いものであることは、多く論ずるまでもないところである。
これをたとえば、「水産動植物の採捕に関する制限又は禁止」に関し規制をはかる目的についてみるに、無制限な乱獲を規制することによつて、漁業秩序を維持するとともに、水産資源の枯渇化を防止せんとするにあるのであるが、かかる目的を達するためには、その規制を必要とする漁業対象地域全体について規制をはかる必要があるのであつて、右地域に属するわが国の領海および公海につき規制を実施しても、右地域内の外国領海においてわが国の漁業者が事実上操業しているにかかわらず、これらに対して何らの規制も加ええないこととなれば、前記の目的を達成することは到底不可能であるといわざるをえない。
また、本件に関するさけ・ます漁業について漁業調整を行なう法律上の目的は、さけますに関する各種漁業を許可にかからしめることにより、許可の運用によつて、全体としての採捕量を制限しもしくは採捕を許可する海域、時期等を限定し、もつて魚価を安定せしめて漁民の生活を充実させ、漁業生産力の発展を期するとともにさけ・ますの繁殖保護をはかろうとすることにある。かような目的に照らせば、わが国民が許可さくしてさけ・ます漁業を営む行為は、それがたとえ外国の領海において行なわれようと、到底わが漁業法の放置できるものではなく、当然取締まりの対象とされているものといわなければならない。
二 漁業と外国領海について
漁業法の性格・目的ないしは漁業調整の意義が右のようなものである以上、漁業法がわが領海内における漁業を対象とするばかりでなく、わが国民がその他の海域において漁業活動を行なう場合には、属人的にこれを規制することを予定しているものと解せざるをえない。
なるほど、漁業法の規定の中には、その性質上外国領海においては行使しえないものがある。たとえば漁業権の設定(法一〇条など)、漁業の許可(法五二条、六六条など)の規定などがそれである。かかる規定があるからといつて、所管大臣もしくは都道府県知事が他国の領海内における漁業権の設定を免許し、漁業を許可することができないことは当然である。しかしながら、漁業法の規定の中にその性質上このように外国領海においては実現しえないものがあるからといつて、それは、漁業法の効力の及ぶ範囲の問題とは直接の関係のないことであり、これらの規定の存在することを理由に法の効力の範囲を論ずることは、それ自体誤りである。
そして漁業法が、前記のとおり、漁業秩序の確立、漁業調整による水産資源の保護および漁民の保護を目的としているところからすれば、同法に規定する各種規制の効力は、外国領海にも及ぶと解するのが相当であり、漁業行政の実情も、これを前提として運用されているのである。
たとえば「北太平洋の海域におけるずわいがに等漁業の取締りに関する省令」(昭和四三年一月二七日農林省令六号)第一条は、「北緯四十六度の線以北、東経百四十九度の線以東の太平洋の海域(ベーリング海及びオホーツク海の海域を含む)においては、動力漁船によりずわいがに又はいばらがにをとることを目的とする漁業を営んではならない」とし、その違反に対し刑罰をもつて臨んでいる(同省令一六条一項)。また、「北太平洋の海域におけるにしんさし網漁業の取締りに関する省令」(昭和四三年三月二八日農林省令一五号)第一条は、「北緯五十二度の線以北、東経百七十度の線以西の太平洋の海域(ベーリング海及びオホーツク海の海域を含む。)においては、動力漁船によりさし網を使用してにしんをとることを目的とする漁業を営んではならない」とし、その違反に対し刑罰をもつて臨んでいる(同省令一六条一項)。さらに、「ニュー・ジーランド周辺の海域における漁業の取締りに関する省令」(昭和四二年七月一九日農林省令三三号)をみると、その第三条において、「ニユー・ジーランドの沿岸の基線から十二海里以内の海域においては、船舶により漁業を営んではならない。ただし農林大臣の承認を受けて、昭和四十五年十二月三十一日までの間、規制水域において底はえなわ漁業を営む場合は、この限りでない。」と規定し、ニュー・ジーランドの沿岸の基線から六海里以上一二海里以内の水域(規制水域)において農林大臣が底はえなわ漁業を許可しうることを明らかにするとともに、それ以外の漁業については、ニュー・ジーランドの沿岸の基線から一二海里以内(したがつて、ニュー・ジーランドの領海を含む。)においては一切漁業を禁止する旨定め、漁業許可の範囲と、一般的禁止の範囲とが、異なることを明言し、ニュー・ジーランド領海において漁業を営んだものは、同省令一九条一号により処罰することとしているのである。なお、日本国とニユー・ジーランドとの間の漁業に関する協定((昭和四三年七月一七日条約一六号))により右規制水域における底はえなわ漁業をなしうることとされているが、右協定により適法に漁業を営みうる以外の違法な操業に対しては、右協定を根拠として処罰されるのではなく、漁業法の委任に基づく前記省令によつて処罰されるのである。
これらの省令は、漁業法六五条に基づく委任命令であるが、右省令の存在は、漁業法が、わが国民が漁業を営もうとする場合、その地域の如何をとわず、属人的にこれを規制しうるものであることを明らかにしているものである。
また、漁業法は、わが国領海を出て行なわれることの予想される特定の漁業に対して、一般的にこれを禁止し、所管大臣または都道府県知事の許可をまつてはじめて営みうるものとする建前をとつているのであるが(たとえば五二条、六六条)、こういつた一般的禁止の効力がわが国民が他国領海においてそれらの漁業を行なおうとする場合に属人的に及ぶと解することは、なんら他国の主権を侵すものではない。むしろ、漁業法が他国の領海において漁業を営もうとするわが国民に対して規制することを予定していないと解し、これを放任するものとすることは、結果的にかかる行為を容認することともなつて、国際協力の必要な漁業の特質を無視し、国家の責任を放棄するものであつて、却つて当該他国の主権を侵害することにもなり、全く不当であるというべきである。
三 漁業法六六条一項と外国領海について
漁業法六六条一項は、中型まき網漁業、小型機船底びき網漁業、瀬戸内海機船船びき網漁業または小型さけ・ます流し網漁業を一般的に禁止し、これを営もうとする者は、船舶ごとに都道府県知事の許可を受けるべきことを定めた規定である。右のうち、瀬戸内海機船船びき網漁業の一般的禁止の効力が漁業法一〇九条二項に規定する瀬戸内海のみに及ぶことは明らかであるが(六六条二項参照)、その余の漁業の一般的禁止の効力は漁業法の適用のある全海域におよぶと解せられ、また、かく解することは、なんら他国の主権を侵すものではないことは前述したとおりである。
漁業法は、特定の漁業につき、これを一般的に禁止し、主務大臣または都道府県知事の許可を受けた者に限つてこれを行なうことができるものとする(たとえば一〇条、五二条一項、六六条一項)。元来かかる漁業調整の事務は、国の行政事務であつて、漁業行政の主務大臣である農林大臣を頂点とする国の漁業行政機関において、全国的視野により取り扱われるべきものであるが、行政の能率的運用をはかる観点と、いわゆる沿岸漁業については都道府県の住民がその沿岸において操業する場合が多いため、行政の適正な運用をはかる観点から、その一部を都道府県知事に委ねている趣旨であると解せられ、調整の対象たる漁業形態自体には、何ら本質的な差異は存しない。たとえば指定漁業は、「漁業法第五二条第一項の指定漁業を定める政令」により、大中型まき網漁業、沖合底びき網漁業、中型さけ・ます流し網漁業等とされているが、その漁法は漁業法六六条一項所定の漁業である中型まき網漁業、小型機船底びき網漁業、小型さけ・ます流し網漁業等の漁法と実質的な差異を見出し難く、漁業法六六条一項所定の漁業であつても、かなり遠洋において操業する場合がある反面、指定漁業であつても、右政令一項一〇の二号の近海かつお・まぐろ漁業のごとく、必ずしも遠洋で操業するとは限らない場合もあるのである。結局同法六六条一項の漁業については、専ら事業規模の大小、その他の漁業との兼業の有無等に着目し、実情に即した許可制度の運用を期待するため、これを知事の許可にかからしめたに過ぎないものであつて、許可の効力の及ぶ範囲自体主務大臣の許可と何ら本質的に異ならないというべきである。そして知事許可に委ねているといつても、国の漁業政策に基づく、漁業調整の一環としての本質が失われるものでないことは、同法六六条三項において、主務大臣は都道府県知事の許可をすることができる船舶の集数を定め、海域を指定する等その大枠に関する決定権を有するものとされていることによつても明らかなところである。しかも本件において問題となつているのは、一般的禁止それ自体であつて、知事の許可ではない。後述するように(五の(三))、原判決は外国領海における操業の許可をなしえないことをもつて、漁業法六六条一項の禁止の効力の及ぶ範囲を決しているのであるが、許可の効力範囲と禁止の効力範囲とは、必ずしも一致を要するものではない。
要するに、法六六条一項の一般的禁止それ自体は、国の漁業行政からくる要請であつて、ただこれを許可によつて解除する権限を都道府県知事に委任しているにすぎないと解せられるから、右一般的禁止の効力の及ぶ範囲は、漁業法それ自体の適用範囲と一致するものである。しかも、その許可によつて、禁止を解除する権限は、外国の主権と牴触しない限りにおいてこれを認むべきことは、むしろ当然であるが、逆にその禁止自体は、わが領海内において行なわれる場合のみでなく、わが国民がそれ以外の海域において同条所定の漁業を営もうとする場合にも一切これに及ぶものと解するのが相当である。
漁業法六六条一項は、わが国民が他国の領海に入つて、右所定の漁業を営むことを禁じているわけであるが、そのこと自体は何ら他国の主権を侵害するものではなく、国際法上これを許されないとする理由もなく、むしろ国際協力の実現に他ならないというべきであることは、二において論じたとおりである。
四 本件操業海域について
本件操業海域は、漁業法の目的に照らして同法による漁業調整を必要とする海域であることが明らかである。
同海域は、わが国の重要な漁場である根室海域に接続し、両者はまさに一体不可分の状態にあり、このことは、わが根室海域沿岸とこれに相対するクナシリ島沿岸とが、約八海里ないし一四、五海里のまさに一衣帯水ともいうべき狭隘な海峡を隔てているに過ぎない地理的環境に照らして明白であり、さればこそわが国の漁民にとつて、本件操業海域に出漁することは容易であり、現に同海域で操業する密漁者の少なくないことも、つとに顕著な事実である。かかる実情にある本件操業海域が、根室海域ないしは北海道沿岸水域の水産資源の保護および漁業調整上、到底無視し難い重大な影響を有することは公知の事実に属するところである。
かような海域における操業について、同法六六条一項、一三八条六号の規制が及ばないとすることは、明らかに前述した同法の趣旨・目的に反するのみならず、条理上からしても極めて不合理であるといわざるをえない。けだし同法六六条一項、一三八条六号により、特定の漁業を禁止し、わが国領海ないしこれに接続する公海においては、その無許可漁業を厳重に取締まつているのにかかわらず、たまたま一歩進んで本件操業海域に立ち入り、右の漁業を行なうに至れば、もはやこれに対して何ら規制することができず、放任せざるをえないとすれば、これは健全な社会通念に照らしてきわめて不合理であり、到底容認されるところではないと思料する。
五 漁業法の適用区域についての原判決の判断の誤り
原判決が、本件操業海域について、漁業法六六条一項、一三八条六号の適用がなく、その違反の罪が成立しない理由として説示するところは、いずれも失当であつて、到底承服し難い。以下順次その謬論である所以を論証する。
(一) まず原判決は、漁業法三、四条において規定している公共用水面またはこれと連接一体をなす非公共用水面の意義に関し、「漁業法が場所的には、公共用水面又はこれと連接一体をなす非公共用水面につき適用されることは、同法三条および四条によつて明らかである。そして右の公共用水面又はこれと連接一体をなす非公共用水面の意義ないし範囲は、必ずしも明確でないから、同法中のある条項の適用の可否を問題とするに際しては、漁業法全体および当該条項の目的、趣旨等を勘案して右の意義ないし範囲を決すべきであるとともに、本件のように適用の可否が問題となる条項が罰則であるときは、右の公共用水面又はこれと連接一体をなす非公共用水面は、場所的規制範囲を限定する構成要件要素として理解しなければならない。本件においては、この観点から同法一三八条六号、六六条一項における公共用水面又はこれと連接一体をなす非公共用水面の意義ないし範囲が、――構成要件上場所的規制範囲を限定するものとして――問われることとなる。」と説示し、漁業法は、同法三、四条の公共用水面または公共用水面と連接一体をなす非公共用水面に適用されるものであり、罰則の場所的適用範囲を考えるにあたつては、右を構成要件要素として理解すべきであるとしている。
しかし原判決の右見解は、漁業法三、四条の趣旨を誤解した結果、同法の場所的適用範囲を論ずるにあたり、まず、その基本的な発想方法において、誤りをおかしているものといわざるをえない。すなわち、元来同法三、四条の規定は、旧々漁業法(明治三四年法律三四号)二条の「私有水面ニハ別段ノ規定アル場合ヲ除クノ外本法ノ規定ヲ適用セス」との規定を受けついだものであり((旧漁業法(明治四三年法律五八号)二条、三条参照))、さらにこれをさかのぼれば、官有地取扱規則(明治二三年勅令二七六号)、公有水面埋立及使用免許取扱方(明治二三年内務省訓令三六号)等に由来するものであつて、その趣旨とするところは、要するにわが国内の私有水面には、原則として公法たる漁業法の効力を及ぼさないとするだけの意味しか有さないものである。すなわち、漁業法三条は公共の用に供しない私有水面には原則として漁業法を適用しない旨を定めているにすぎず、同法の場所前適用範囲に関して、いわばその内延的限界を示すにとどまるものであり、同法四条は、かかる私有水面であつてもそれが公共用水面と連接一体をなすものについては例外として漁業法を適用することを定めているにすぎないのである。従つて、右規定は漁業法の場所的適用範囲そのものを定めているものではなく、漁業法の適用範囲の外延がどこまで及ぶかは、そもそも同法三、四条の規定するところではないことが明らかである。
しかるに原判決は、漁業法三条、四条が同法の場所的適用範囲そのものを規定しているとし、同法が適用されるのは公共用水面またはこれと連接一体をなす非公共用水面に限られるとし、さらに同法六六条一項、同一三八号六号が本件海域に適用されるかどうかを判断するについては、本件海域が右公共用水面またはこれと連接一体をなす非公共用水面に該当するかどうかが構成要件要素として検討されなければならないとしているのであつて、右見解は漁業法三条、四条の意義を誤解した不当な見解であるといわなければならない。
漁業法の場所的適用範囲については、これを正面から定めた規定はなく、同法の性格、目的、漁業取締法規の体系等を総合して検討せざるをえず、これによれば日本の領海はもとよりのこと、これを越える公海および外国領海についても、わが国民が漁業を行なう場合には適用されると解すべきことは前記一以下において詳論したとおりである。
(二) 次に原判決は、漁業法六六条一項において、所定の漁業を一般的に禁止している目的が、同法一条の目的を達成するための漁業調整をなすこと、具体的には乱獲をおさえて水産資源の適正な利用ないし保護培養を図るとともに、自由競争を制限して漁価の安定をはかり、沿岸漁業に頼らざるをえない多くの中小規模の漁民を保護することにある点から考えて、この行政目的を強調し、同法一三八条六号、六六条一項の一般的禁止の場所的適用範囲を、沿岸操業の事実上可能なおよそ全海域とし、少なくとも右の海域中、そこでの操業がわが国における水産資源の適正利用ないし保護培養と漁民保護とに相当な影響を有する場合をこれに含ませることにも一応の理由があるとしながら、しかし、「このように解するならば、漁業法一三八条六号に違反する操業を行なつた場合は、その場所のいかんを問わず、現実に操業した以上沿岸漁業の事実上可能な海域で操業をなしたとされる公算が大きく、かくては、具体的適用の場において、右条項の場所的適用範囲を論ずる実益はほとんど失われることになろう。漁業法が一切の水域を規制対象とし、属人的に効力を持たせる法律であるのならば格別、前述したように、それは、その三条、四条によつて場所的適用範囲の限定を予想していると解される以上、前記の見解を是認しうるか否かについては、さらに慎重な検討が加えられなければならない。そして、漁業法が何といつても漁業に関する一般法であり、同法三条、四条も特殊の限定された水域を規制範囲として予定しているとは解されないところであるから、漁業法一三八条六号、六六条一項の場所的適用範囲を論ずるに当たつて、前述した操業可能な海域であるかどうかの観点から考察を進めるとしても、それはやはり、一般的に操業可能な海域といえるかどうかを問題とすべきであろう。」として、結局漁業法一三八条六号、六六条一項の場所的適用範囲を画するにあたつては、一般的に操業可能な海域であるか否かにより判断すべきであるとの基準を示している。そして原判決は、右の基準によるとわが国の領海および公海は、一般的に沿岸操業の事実上可能な海域であるといえるが、外国の領海については、「国際法上当該外国の属地的統治に委ねられ、他の国は無害航行等特別の場合を除いては、自由に使用できないのであつて、漁業についても当該外国はその領海につき排他的権利を有するのである。したがつて、国際法上わが国の漁業者は外国領海において漁業を行なうことはできず、また、もしこれを行なえば、当該外国により領海侵犯等の理由で取締まりを受け処罰されてもやむをえないところであるから、実際にもわが国の漁業者は外国の領海に立ち入つてまで操業することを差し控えるのが通例である。したがつて、外国の領海は、わが国と当該外国間の条約等の合意によりそこでのわが国の漁業が許されている場合を除き、一般的に沿岸操業が事実上可能な水域とはいえないというべきである。」と判示し、消極に解しているのである。
右判断のうち、漁業法六六条一項の場所的適用範囲を限定する基準として一般的に沿岸操業の可能な海域なる概念をもちこもうとする見解は、漁業法三、四条の意義を誤解し、これを漁業法の適用範囲を規定したものと解し、同法六六条一項の関係においては、その適用範囲が構成要件要素にあたると誤解した結果によるものであつて、その誤りであることについては、すでに五の(一)において指摘したとおりである。
つぎに原判決のいう、「一般的に操業が可能な海域」なる基準がいかなる趣旨であるのか、必ずしも明確ではないが、国際法上外国領海は当該外国が排他的権利を有し、わが国民は外国領海において漁業を行なうことはできず、実際上もわが国民は、当該海域での操業を差し控えるのが通例であるから、結局外国領海は一般的に操業が可能でないこととなるとしているところからみれば、国際法上外国領海に立ち入つて適法に漁業を行なうことは原則としてできないのであるから、すなわち一般的に操業が可能でないとしているものと解せられる。かかる見解は、法令上漁業の操業が禁止、制限されていること自体をとらえて、直ちに事実上も操業が不可能であると速断するものであつて、明らかな謬見である。操業が可能であるか否かの問題は、法令上の禁止制限の有無によつてではなく、事実上可能か否かによつて決定されるべきものである。結局、漁業法六六条一項の一般的禁止の及ぶ範囲の基準として一般的に沿岸操業が可能な海域との概念をもちこもうとする原判決の判断は、国際法上の概念をそのまま漁業法の解釈にもちこもうとするものであつて、その誤りであることは前記一ないし四において詳論したころである。
(三) また原判決は、漁業法六六条一項の一般的禁止の場所的範囲は、知事の許可の性質、範囲の観点からも考察しなければならないとしたうえ、「もつとも一般的にいつて禁止の範囲と許可可能な範囲とが常に一致しなければならないということはなく、それは場所的範囲についても例外ではないということはいえるかもしれない。しかし漁業法一三八条六号の『六六条一項の規定に違反して漁業を営んだ者』という文言は、やはり六六条一項の許可を受けるべきであるのにこれを受けないで漁業を営んだ場合を指し、許可可能であることを前提としていると解するのが相当であり、同号がこの場合のほか都道府県知事の許可のおよそありえない水域における漁業をも処罰の対象として含んでいると解することは困難である。したがつて、同号の場所的適用範囲は、同法六六条一項の許可可能の場所的範囲と一致して考えられるべきものである。しかるところ、都道府県知事が外国の領海について漁業法六六条一項の許可を与えるということは、当該外国との条約上の取り決め等により、外国がそこにおけるわが国の漁業を承認し、その結果漁業調整の必要が生ずる場合のほかは、国際法上考えられないところであり、この点からも漁業法一三八条六号、六六条一項の場所的適用範囲は、原則として外国の領海に及ばないと解するのが相当であると説示し、同法一三八条六号、六六条一項は、その文理解釈よりするも、外国領海に適用がないとしている。
しかしながら、そもそも許可と禁止がその範囲の点において、同一でなければならないとする理由は、全く存しないものである。たとえば、ニュー・ジーランド沿岸の漁業につき許可の範囲がニユー・ジーランド沿岸の基線から六海里以上一二海里の海域に限られているのに、一般的禁止の範囲は同沿岸の基線から一二海里以内の全水域として、明らかに禁止の範囲と許可の範囲が異なつていることは前述したとおりである。
結局原判決が、漁業法一三八条六号は同法六六条一項による許可のありえない地域において操業した場合を処罰する趣旨を含まないとしている判断は全く独自の見解であつて、到底首肯し難いところである。
(四) さらに原判決は、「漁業法一三四条において、主務大臣又は都道府県知事は、漁業調整等のため必要な場合には、当該官吏、吏員をして漁場、船舶等に臨んで、状況、物件等の検査をさせうる旨規定しており、これは漁業法六六条一項の所定の漁業についても例外ではないと認められるが、前述したとおり、外国領海は国際法上はわが国の行政権の実力を正当に及ぼしえない地域であり、したがつてわが国は外国領海に立ち入つてまで、右の検査を含む漁業取締まりの実力を行使しえないものというべきであり、このことも、前記のように解することの一つの根拠となるであろう。」として、外国領海における漁業取締まり上の実力行使が不可能であることを理由にあげている。
しかしながら、原判決の右理由は、まずその前提において、法令の適用範囲と具体的な取締まり権限の行使の範囲とを同一視する誤りをおかしているものであつて失当である。
すなわち、外国領海におけるわが国民の特定の行為を禁止することと、この禁止に反した者に対して裁判権、捜査権、行政取締まり権等を行使することとは、いうまでもなく本来区別して考えられるべきものであり、またわが国民に対し外国領海における特定の行為を禁ずること自体は、何ら当該外国の主権を侵すものでもなければ、その取締まりの実力行使を妨げるものでもない。したがつて、仮にわが国が、外国領海における操業について、全く取締まりの実力を行使しえないとしても、その故をもつて、漁業法が外国領海に適用されないとするいわれは全くないのである。されば原判決の挙示した右理由は、その前提においてすでに誤つているものといわなければならない。
そのうえ外国領海について、わが国が漁業取締まりの実力を行使しえないとする原判決の見解は、これまた漁業取締まりの実情を全く無視した独断である。なるほど、わが国が外国領海に立ち入つて、漁業法一三四条等の取締まりの実力を行使しえないことは、原判決の指摘をまつまでもなく明らかである。しかし右取締まりは、外国領海に立ち入らなくとも、事実上十分可能である。
一例をあげれば、他国の領海において操業する違反漁船を、右領海の周辺において監視し、同漁船が自国の領海内に戻つた際、これを取締まることも可能であるし、また漁業法一三四条所定の事業所または事務所に対する検査によつても取締まりの実をあげうるものである。そして現に本件操業海域についても、わが取締機関は、これに立ち入ることなく、右にあげた方法によつて、取締まりを実行しているのである(記録一二八丁、一九一丁裏ないし一九二丁、二五二丁、二五三丁参照)。
以上いずれの点よりするも、原判決の挙示した右理由は明らかに謬見であつて、到底賛同しえないところである。
(五) 原判決は、また、一般に行政法規は、その制定機関の権限の及ぶ地域以外に効力を有しないのが原則であり、その例外として右地域をこえ属人的にその効力を及ぼさせるためには、当該法規にその旨の明文が存するか、または当該法規の目的ないし性格から、明確にその趣旨が導かれることを要するとしたうえ、漁業法一三八条六号、六六条一項については、右例外の場合に該当せず、したがつてこのこともまた、本件操業海域にその適用がないと解する理由があると説示している。
しかしながら、この点については、すでに一ないし四において詳述したとおり、漁業法の目的・性格に照らし、まさに同法一三八条六号、六六条一項は、本件操業海域についてもその効力を及ぼす趣旨であることが明確であるから、原判決の右判断は、その前提において失当であり、到底謬論たるのそしりを免れないものである。
六 クナシリ島とその沿海について(本項は、前掲北海道海面漁業調整規則違反事件上告趣意第二点第五項と同内容につき省略)
第四 結語
以上要するに、本件操業海域には漁業法六六条一項の一般的禁止の効力が及ばず、したがつて本件操業海域において無許可で小型さけ・ます流し網漁業を営んだとしても同法一三八条六号違反の罪にあたらないとした原判決の判断は、高等裁判所の判例に違反するばかりでなく、漁業法の適用範囲についての解釈を誤り、ひいて漁業法六六条一項、一三八条六号の解釈適用を誤つた違法があつてその誤りが判決に影響することが明らかで、かつ著しく正義に反するものであるから、いずれの点からするも破棄を免れないものと信ずる。